観光協会発行の案内書だけじゃつまらない。
祭関係者があなたにだけお教えする超マニアック潮干祭ガイド
これだけ知ってりゃあなたはもう「潮干祭フリーク」!

(注) ここに掲載する内容はあくまでもわたしが子供のころから現在まで「こういうものなんだ!」と聞かされ、思い込んでいる知識であり、古文書を調べたり、町の長老に取材したものではありません。したがって本当に本当のことかどうかについては一切責任を負うものではありませんし、内容に関する否定的なご質問や苦情・抗議はどうか勘弁してやってくださいな。ただ、「これはこうじゃなくてたしかこうじゃなかったかな−」な−んていう親切な助言は大歓迎ですので。

1. 潮干祭って何のお祭り?
日本各地のお祭りには「豊作を祈念して」とか「大漁を祈念して」といった『祭りの目的』なるものが存在します。しかし潮干祭が何のためのお祭りか?・・・これがわたしにとって大きな謎なのです。亀崎は昔からの漁師町、山車を海に曳き下ろすことからも、大漁祈願や船の安全を願う祭りかなーと思うのですが、確かなことはわかりませんし、今までだれからもそんなことを聞いたことはありません。またわたしの知る限り、一連の祭礼関連行事にも「漁業」や「船」、「海」と結びつくものはこれといって無いようです。
ただし、山車巡行にはストーリがあるようです。 そのストーリとは・・・・・神前神社の神様(だれかは忘れた)が尾張三社の神様(これも忘れた)のところに「1泊2日おみこしの旅」に出る、これにつき従うのが5輌の山車、というわけです。その証拠に、前の日(5月3日)の神前神社から尾張三社へ、また後の日(5月4日)の尾張三社から神前神社へと向かう山車の前には、ちゃんとおみこしの行列が行くのですよ。

2. 地元のひとは山車(だし)・法被(はっぴ)とは言わない?
「 ”ヤマグルマ”と読むのはシロウト、これは”ダシ”って読むんだよ。」とか「おいおい、あれは着物じゃなくて”ハッピ”っていうんだよ。」なーんて彼女に自慢してる君、まだまだ甘いね!亀崎の人は”ダシ”とも”ハッピ”とも言わないんですよ、これが。(もちろんこの言葉の意味は知ってるし、よそから来たお客様にはあえてこう言う時もあるけど)
山車のことは ”おくるま”、組ごとの揃いの法被は ”かんばん(看絆)”と呼ぶのが元祖亀崎人なのです。
ちなみに、山車を格納する建物は ”サヤ” (刀の鞘からきた?) 、 山車の車輪のことは”ゴマ”と呼びますし、各山車を所有している5つの組のことも”たなか”とか”いしばし”とか組を省いて呼ぶのが一般的なのです。さあ君も、「さっき”ひがし”の”サヤ”から曳き出された”おくるま”の”ゴマ”がさあ・・・」とか「”なかぎり”の”かんばん”ってかっこいいよね。」とかやってみてはいかがですか?

3. かじきり時の掛け声 「ヤマイッ!」 「ハマイッ!」の謎
亀崎の狭く微妙に曲がりくねった道を進む山車、当然右へ左へと山車の進行方向を調節する必要があります。また祭りの見せ場「海浜曳き下ろし」や「神前神社前曳き廻し」でもスピーディーでスムーズなコーナリングが要求されます。これを「山車のかじをきる」といい、山車の前後から一対ずつ伸びている『梶棒(かじぼう)』を力まかせに左右にスライドさせて行うわけです。
問題はこのかじきり時の掛け声、 近くで聞くと「ヤマイッ!」 とか「ハマイッ!」とか聞こえるはずです。こりゃなーんだ?
だいたいの想像はつきますよね。 そうです、これは「山へ」「浜へ」と方向を指示しているのです。亀崎の町は海岸線に沿って横にのびた地形で、山車の巡行路も大半は海岸線に平行になっています。したがって梶棒を海から遠ざける方向へスライドさせるときは「ヤマイッ!」、逆に海に近づける方向が「ハマイッ!」となるわけです。(当然ですが、前棒と後棒では掛け声は逆になります。前棒が「ヤマイッ!」、後棒も「ヤマイッ!」だったら山車はどうなるか?・・・・理科のお勉強)
しかしこの掛け声、まわりの景色から直感的に方向が理解できる超すぐれものだと思いませんか?(これが「みぎっ!」「ひだりっ!」では、もしかして”みぎ”→”お箸を持つほう”→”こっちだ!”→”うわあっ、遅かった、ぶつかるうううっ!!”となってしまいそうですよね)

4. 西組 花王車の悲劇
神前神社は山車巡行路の東端にあり(尾張三社が西端)、ここから西にむかって「東組」「石橋組」「中切組」「田中組」「西組」の位置関係で各地区から山車が出ます。(もともとこの組の名称は亀崎の古い地名だったようです)
したがって神前神社方向へ山車が向かう場合は上記並び順になるわけで、これによって最後の組「西組」は・・・・それはもう大変なのです。
西組の悲劇 その1
山車の海浜曳き下ろしは、そもそも「潮干祭」の名称の由来である干潮時に行い、いかに波打ち際ギリギリまで山車を近づけられるかが大きなみどころなのですが、「引く潮があれば、満ちる潮もあるのがこの世の定め」というわけで、最後の西組花王車が曳き下ろされる頃そろそろ潮の向きは逆になり、前の4組の山車が曳き上げられるのをじっと待つうちに潮はひたひたと花王車の豪華な大幕に迫ってくるのです。(前の組、なにをトロトロやっとるんだ!はやく曳き上げろ!うわあっなっ波がー!)
西組の悲劇 その2
後の日(5月4日)の夕方行われる「神前神社前曳き廻し」は潮干祭のクライマックス。これが終われば祭りもほぼ終了、「また1年間通常の日々が続くのか、できることなら永久にここで山車を曳き廻していたい!」と思うのが亀崎の若者の正常な心理。5組の若者のこうした願望が、「曳き廻しの大トリ」西組花王車の時、大きなエネルギーとなって爆発するのです。はやく山車を納めようとする組役員、そうはさせじと綱に群がる5組の若者。他の山車が3周程度の曳き廻し回数であるのに対し、5周・6周とものすごいスピードで曳き廻される花王車。山車の悲鳴が聞こえてきそうです。

5. からくり人形秘話あれこれ
潮干祭のみどころのひとつ、各山車の上で演じられる「からくり人形」。 ただ漠然と見物するだけでも、それは見事なものなのですが、からくり人形見物をもっと楽しくする「からくり人形秘話」をいくつかご紹介。
唯一の人形浄瑠璃形式  東組「三番叟」
東組宮本車の前棚人形「三番叟」は、それ以外のすべての人形がひもを引いてあやつる「遠隔操作」であるのに対し、いわゆる「人形浄瑠璃形式」(わたしの造語です)なのです。 つまり3人の子供が人形と同じ柄の衣装を着て、人形の胴、腕、足を直接持って、お囃子に合わせて三番叟の舞を演じるわけです。 子供達の姿はまる見えなのですが、人形自身が生きているかのように錯覚してしまう それはそれは独特の味のある人形なのです。
ちなみに三番叟をあやつれるのは東組の子供だけの特権(その他のすべての人形は大人が操作します)。 わたしも子供の頃、紫の着物に袴姿の友達が妙にうらやましかったものです。
恥ずかしがりやの乙姫様(?)  中切組「浦島」
中切組力神車の上山人形「浦島」は、あの有名なおとぎばなし「浦島太郎」をからくり人形で演じているわけですが、見物人からはほとんど見えない(だから気がつかない)超恥ずかしがりやの乙姫様がいることを知っていましたか? 山車上山の奥の大きな貝の中にいて、竜宮城から帰る浦島太郎に玉手箱を手渡すという重要なシーンを担っているのですが、下から見上げる見物人からはただでさえ山車上山の奥は見にくいのに、さらに浦島太郎の背中で姿が完全に隠れてしまって「乙姫様見える確率 0%」の状態。 つまり「乙姫様から浦島太郎への玉手箱手渡し」は、だれも見ることができない「幻の見せ場」なのです。 (わたしはおとなりの田中組の上山からばっちり見ることができるもんねーだっ! うらやましいだろー!)
山猫キャッチで超ラッキー!  田中組「傀儡師」
田中組神楽車の上山人形「傀儡師」は、謡曲「船弁慶」の1シーンをあやつり人形で演じている傀儡師(あやつり人形師)をからくり人形で演ずる、という凝りに凝ったややこしい構成のからくり人形で、中世日本の風俗を今に伝える大変貴重なものです。
この「傀儡師」のエンディング、あっといわせる趣向になっています。 つまり人形芝居を終えた傀儡師が見物の子供達に向かって「子供達、悪いことをしてはだめだよ! 悪いことをしたら山猫に咬ませるぞ! さあ1、2の3っ!」(筆者 現代語訳) というわけでバネ仕掛けの発射台から「いたちのはく製」のようなものを見物客めがけて発射するのです。 これを見事キャッチするとその年は無病息災、幸せに過ごせるとか。 さああなたも山猫キャッチにチャレンジ!
(当然ですが、キャッチした山猫は粗品と交換で回収させていただきますよ、名古屋ドームのファールボールみたいに。)

6. 後の日朝、5輌の山車は尾張三社にこつ然と出現する (?)

前の日、神前神社から尾張三社への神輿に供奉した5輌の山車は人形技芸奉納後各町内のサヤへと戻っていきます。ところが!!翌朝尾張三社に来てみると、何と帰ったはずの山車が昨日のままに整列しているではありませんか。しかも山車はあれども人影見えず・・・・山車がひとりでに「ワープ」でもしたのか?はたまた昨日帰ったと思ったのは錯覚か?
実はまだ夜も明けきらぬ早朝6時前に各組の幹部や超祭り好きの子供たちの手でサヤから尾張三社までこっそり運んでいくのです。町の安眠をさまたげぬよう威勢のいい掛け声は無し、曳き手もジャージやジーパン姿、正式な巡行予定表にも載っていない「隠密行動」なのです。
先にもあったように、神前神社の神様が尾張三社に1泊しているわけですから、神様を置いて山車だけ帰ってしまうなんて言語道断!そのまま尾張三社で夜を明かして神様をお守りするってもんでしょ・・・・・・というわけで、じつは昔(いつ頃までか不明)は本当に翌朝まで山車を尾張三社境内に整列させたままにしておいたそうなのです。その後防犯の問題や夜露の問題等を考慮して、今のような「あたかもそのまま尾張三社にいたような」形になったとのことです。
ですから「あれ! 山車はここで夜を明かしたのかな?」な−んて錯覚してもらえれば本望なのですよ。

7. ナイスな写真を撮りたいなら・・・・・
「観光化されていない祭り」、「祭り参加者が自ら楽しむ祭り」、 これが潮干祭の良いところでもあるのですが、アマチュアカメラマンの方にはちょっと気の毒。 山車に近づいて幕や彫刻の写真を構図を考えてじっくり撮ることは至難の業。 (危険防止のためですのでどうかご理解を)
そこでとっておきのカメラスポット、カメラタイムをご紹介します。
(1) 5月3日朝 山車曳き出し前 (AM9:00前後)
秋葉社以西大川以東に山車が集合してから曳き出されるまでの間。 見物客がまだ少なく、祭り関係者もこれから祭りが始まるということで機嫌がすこぶる良く、また気前も良くなっています。 山車の前で記念撮影なんてしたら「シャッター押したろか」なーんて言われたりして。
5輌の山車を同じアングルで1輌づつ撮りたいならこの時が絶対お奨めです。
(2) 5月4日早朝 尾張三社 (AM7:00頃)
早暁6時前に各サヤを出た山車は尾張三社に集合しますが、その後10時頃までは各組2名程度の留守番を残して無人状態になります。
なめるように彫刻を撮ることもできますし、留守番の人の許可がでれば山車内部の撮影だって可能かもしれません(山車にあがるのはちょっと無理ですが)。
人の頭に邪魔されず、こころいくまで撮影したい方は是非! (但し5輌が整列状態ですので山車の側面は両端の2輌しか見えません)
(3) からくり人形撮るなら祭り前の練習を狙え!
上山人形の撮影は、距離といい角度といい、特に難しいものです。 そこで超裏ワザ。
祭り前の1週間程度、各組事務所ではお囃子とからくり人形の練習が行われます。 田中組の場合ですと夜7時から9時までが子供達のお囃子の練習、9時から約30分間が人形の練習タイムです。 この時、事務所で許可を得れば結構至近距離で人形の撮影ができるかもしれませんよ。
(4) やっぱり迫力ある「動いてる山車」の写真が撮りたい
「海浜曳き下ろし」や「神前神社前曳き廻し」は山車を操る若者達の動きや表情も含めて、やはり最高の被写体でしょう。 でも「近づけない」「人垣が邪魔」等々、やはり満足いく写真はなかなか撮れないものです。
そこで「曳き下ろしや曳き廻しに勝るとも劣らず迫力があり」、「結構近くを山車が通り」、「それほど見物人がいない」、夢のような撮影ポイントを3ヶ所。
右図の赤く塗った場所3ヶ所はいずれも山車が大きく
方向転換する場所です。
特に@、Aのポイントは山車が左折してまたすぐ右折
するという、山車巡行路最大の難所です。
ここなら山車のすぐ近くで迫力満点の写真が撮れるこ
と請け合いです。

8. 意外と知られていない最高の見せ場! 「神楽車の速掛け(はやがけ)」(大川の曲げ場)

上の項に出てくるAのクランクは「大川の曲げ場」と呼ばれ、山車が左折してすぐ右折する難所として潮干祭の見どころのひとつにあげられています。
山車が狭い道をスムーズに方向転換して尾張三社の方へと進んでいく姿は確かに圧巻です・・・・が、実はこの時スピードを上げて進む山車のすぐ前では信じられないような妙技が行われていることはほとんど知られていません。そこでっ、もったいないけどあなただけに教えちゃいましょう!
その前に、山車操縦の基礎知識をひとつ・・・・3トン以上もある山車をスピ−ディ−にかつスム−ズに方向転換するために前後の梶棒を担当する12人(各棒3人づつ)の力だけでは不十分、そこで昔の人の知恵「若手綱」の出番となります。「若手綱」とは下図左のように大綱の最も山車寄りの所から左右に伸びているちょっと長めの綱のこと、そしてこの「若手綱」を操るのが通称「赤看絆」(ファッションウォッチング参照)の最も重要な役目なのです。
つまり、山車が方向転換する際、赤看絆はこの若手綱を「進行方向と反対の梶棒に寄せる形で縛りつける」のです(下図中・右)。これによって大綱を曳っぱる数十人の曳き手の力が「テコの原理」によって山車の向きを変える力として作用するわけです。(わかってくれますよね、この説明で)
「海浜曳き下し」や「神社前曳き回し」の時ももちろんこの若手綱を片側に寄せて梶棒に掛けるわけですが、考えてみればこの時の山車の進行方向は常に一定(時計と反対方向)、しかもそれぞれスタート前の待機時間が十分あるので、ゆっくり確実に作業を行えばいいわけです。
これを踏まえて・・・・・・大川の曲げ場では・・・・もうおわかりですね!左折してから次の右折までの僅かな直線の間にこの若手綱の掛け替えを行うのですよ、走りながら!しかも後ろ向きで!縛ってあった若手綱をすばやくはずし、大勢の曳き手によっておもいっきり引っ張られている大綱を左に寄せて、タイミング良く左右の梶棒に若手綱を再度固定する・・・・・ねっ!アクロバットでしょ。
特に田中組神楽車では、ここを「速掛け」と称して一切スピードを落とさず、一気に駆け抜けながらの掛け替えとなります。この時の掛け替えがうまくできてこそ「田中の赤看絆」といえるのです。
さあ、今度の潮干祭が楽しみになったでしょ! うまく速掛けができた赤看絆に是非拍手を送ってやってくださいね。(前の日の午後4時頃)
通常巡行時 左折時 右折時 平成10年 神楽車「速掛け」の模様

「潮干祭フリークへの道」をお送りいたしました。このコーナーは随時新しいネタを追加していきます。
どうぞお楽しみに!!