敬神社 (けいしんしゃ)  

明治24年に設立された祭礼組織。
それまでの祭礼組合を連合する形で設立され、同時に敬神社規約や各組規約も整備され、
これによって近代的祭礼組織がスタートしたと言える。

敬神社規約 (明治24年)--------抜粋           昭和54年改正の敬神社規約はこちら
第1条 本社は亀崎町民同盟組織なるを以て本町民は必ず加盟の義務あるものとす
第2条 本社は敬神社と称す
第3条 本社は便宜の為旧祭礼組の組織を襲用し左の五組に分つ
東組 石橋組 中切組 田中組 西組
第5条 各組毎一ヶ年輪番を以て代参の事務を取扱ふ可し
第6条 本社の目的は社員互に親和を旨とし誠意誠心を以て敬神の道を遵守し町内の保全を図るに在り


何と、「亀崎町民全員強制加盟の敬神組織」という位置付けがすごい!
さらに各山車組は、この敬神社組織を便宜上5つに分けたうちのひとつと位置付けている。
つまり「敬神社東班」「敬神社石橋班」・・・といったところか。
実際、同時に整備された組規約は次のようになっている。

敬神社○○組規約 (明治24年)--------抜粋                                 
第1条 当組は本社の規約に基き組織す
第2条 当組は○○組と称し車元を以て事務所に充つ
第7条 組員は左の各項を確守すべし
一、各自交誼親和を旨とし誠意誠心を以て敬神の道を盡すべし


この基本的祭礼組織形態は現在まで続いている(さすがに全町民強制加盟ではなくなったが)。
つまり潮干祭を「神事」として捉えた場合は「敬神社」こそ唯一最高の祭礼組織なのである。

しかし、潮干祭のイベント化・観光化や祭り参加者の価値観の変化に伴い、現在の「敬神社」は
伝統的組織、形式的組織、象徴的組織として存在するようになってきた。